少し前、母は食欲旺盛だった。
何でもない普通のものでも、「おいしい、おいしい」と食べてくれた。
食が細くなった時期もあったので、食べてくれることはうれしく、体力面でも安心することができた。
ところがここ最近、「おいしい」と言わなくなってきた。
同時に食欲も少し落ち着いてきたようだ。
高齢、認知症でコミュニケーションも難しくなっているので、少しのことでも気になってしまう。
食欲を取り戻し、たくさん食べてもらおうと、母の好きな物を用意した。
また「おいしい」と言ってくれることを期待して。
少しずつ口に運ぶと食べるが、母は何も言わない。
つい「おいしい?」と聞いてしまう。
何も言わない。
もう一度「おいしい?」と聞いてしまう。
言葉にしなくても、前のめりで食べている様子をみれば美味しいと思っているのはわかるのだが。
母の言葉が聞きたい。
寝ている以外は、ほとんど叫んでいるようになった母。
発する言葉も「お父さん」「姉ちゃん」「お父ちゃん」「痛い」「怖い」
調子が良いときは「ありがとう」「すみませんねえ」と言うが。
「おいしい」は、母の数少ない喜びの表現なのだ。
その「美味しい」も、とんでもない所を見ていたり、大声だったり、とても美味しいとは思えない言い方なのだが。
それでも喜んでいる言葉を、母の声で聞きたくて。
つい「美味しい?」と聞いてしまう。