プチひきこもりの、介護日記

両親介護 認知症 シングル 50代 プチひきこもり

ぎっくり?!

母の紙パンツを変えているときに、急に腰がギクッ!

痛さで動くことができない。

この頃、母の介助で前かがみになると、腰に嫌な痛みがあった。

もしかしてこれがぎっくり腰か?そう思いつつ何とか横になった。

母のパンツは下ろしたまま、私は横になってにっちもさっちもいかない。

このままではどうにもならない、何とかしないと…。

母が腰痛でリハビリに通っていた時に、腰のストレッチを教えてもらったのを、ふと思い出した。

試してみると、腰痛はかなり治まり、何とか母のパンツの交換も出来た。

まだ不安があるので、慎重になってしまう。

今回はなんとかなって、本当に助かった。

それ以来、朝晩のストレッチが日課になった。

老化に抗うことは出来ないが、年相応のゆっくりとした老化をめざして。

普段より少しだけ頑張ってみる。

 

散歩

ゴールデンウィークの天気をみてると、今年も夏が早く来そうだ。

熱中症にならないためには、夏が来る前に体を動かして汗をかくのが良いらしい。

買い物に行かない日は、ほとんど一日中家で過ごしていたが、最近意識して歩くようにしている。

母がまだ歩けた頃、腰痛改善のためによくふたりで散歩をした。

リハビリの先生にすすめられたのもあったが、もともと散歩が好きだった母、かなり遠くまで行くこともあった。

腰痛がだんだんひどくなって、散歩の回数も時間も距離も減り、いつからか散歩には行かなくなった。

2年前には母と一緒に歩いた道を、今はひとりで歩くと、いろいろなことを思い出す。

この花の所で写真を撮ったこと。

知らない道を通って、どんどん遠くに行ってしまったこと。

犬好きの母が散歩中の犬に話しかけて、飼い主さんと顔見知りになったこと。

懐かしいような淋しいような。

最後の方は腰が痛くてつらそうだった。

どんな気持ちで歩いていたのだろうと思うと、胸が痛む。

すごく頑張っていた母に、無理はさせていなかっただろうか。

いつか私も母と同じ年頃になり母の気持ちが少しはわかるようになったら、今を振り返ると、どう思うのだろう。

懐かしいとおもえるだろうか?

母に無理をさせたと後悔しないだろうか?

今も頑張っている母に少しでも快適に過ごしてもらえるように、1日1日を大切にと、そう思う。

 

 

 

 

 

昼夜逆転

母のてんかんを、脳外科の先生に見てもらった。

イーケプラという薬を処方された。

以前精神科で処方された倍の量だ。

眠気をもよおす薬で、昼寝寝て、夜はあまり寝なくなってしまった。

いわゆる昼夜逆転のような感じだ。

夜中に大声で騒ぐののを、何度もなだめるので、寝不足になってしまう。

先生に相談すると、薬をさらに4倍に増やすというので、不安になり受け入れられず、もう一度精神科で相談することになった。

母は、高齢で体も小さく、レビー小体型認知症で、薬の影響が出やすい。

腎臓の働きもよくないので、薬を排出しにくいと言われたこともある。

今までは、薬は少量から徐々に増やして様子をみてきた。

それをいきなり4倍といわれても。

それでも今まで診てもらっていた先生の言葉なら納得していたのかもしれない。

先生の言うことを信頼すべきだったのかもと思う。

たた日中寝るようになって、明らかに母の体力が落ち、食事量も減り、飲み込みに不安が出てきたのもあって、薬を増やすことは不安だった。

高齢者はちょっとしたことで体調を崩す。

高齢の患者に接する機会の少ない診療科もあるのかもしれない。

先生も限られた時間で難しいのもわかるが、ゆっくり慎重に診察して欲しいと思った出来事だった。

 

 

 

 

訪問診療、始めました

通っている精神科の先生に、これ以上は通院しての診療はできないといわれて、やむを得ず訪問診療に切り替えた。

母にとってはその方が楽なのかもしれない。

やむを得ずというのは、私が潔癖性で引きこもりの傾向があるからなのだが。

申し訳ないが、部屋には入らず玄関で診察をしてもらっている。

いまも通っている内科の先生は、「本人が来れなくても薬は出しますよ。でも顔を見れると安心できるから、たまには見たいな。」と言ってくれた。

長年母を診てくれている先生、ありがたい言葉だ。

医者は、技術はもちろん、言葉がけも大切だとつくづく感じる。

高齢になればなおさらだ。

今度は新しい先生、看護師さんとのおつきあいが始まる。

不安と期待と…。

正直、不安の方が大きい。

でもきっと悪いことばかりではないだろう。

少し頑張ってみようと思う。

 

 

 

 

まさかの副反応

先日コロナワクチン3回目を接種した。

1回目2回目は服反応はほとんど出なかったので、3回目も大丈夫だと思っていたら…。

夜中の3時頃、母が大声で騒いでいるのでパンツを変えて、横に一緒に寝た。

何だか気持ち悪い、夕食を食べすぎたかと思いつつ、母の背中をさすっていた。

しばらくしてうとうとしたが、気持ち悪いし寒いし、腰も痛い。

だんだんひどくなる。

もしかして副反応が出たかと思い、熱をはかると37度2分。

普通の人の微熱だが、平熱35度台の私にとってはかなりきつい。

母も寝ついてくれたので、母に背を向けてそのまま寝た。

朝方母が大声を出している。

横に寝ていたはずの母がいない。

布団のはしっこで横になって、大声を出している。

おしっこでズボン、布団カバー、毛布も濡れている。

着替えさせて洗濯をする。

朝早いので悩んだが、このまま熱があがったら洗濯は出来なくなってしまうだろう。

腕もかなり痛かったが、思いきって動かしてみた。

ベランダで冷たい風に当たりながら洗濯を干すと、少しすっきりした。

幸い今回は大したことなかったが、私が一時的にでも動けなくなったらと考えてしまった。

私も最近体力の衰えを感じることが増えた。

ひとりで介護の不安。

潔癖性で半分引きこもり私には、外部の手助けはハードルが高い。

きっと同じ思いの人もいるだろう。

少しずつ自分が変わらなければとわかっているのだが…。

潔癖性、引きこもりの期間が長いほど、変わるのは難しい。

それでも母にはなるべくよい環境で安心して過ごして欲しいと思う。

 

テープ式

テープ式の紙パンツ?を試してみた。

Mサイズだけど、すごい大きさ。

大人のお腹からお尻まで、すっぽりカバーするのだから、この大きさになるのか。

紙パッドも紙パンツ用とは違い、ごっつい。

今までパンツもパッドも薄いタイプを使っていたので、急におおごとになった感じだ。

横になったままの母に当ててると、介護が一段階進んでしまった気がする。

ふと思った。

母がトイレに行きたいと行ったらどうすればいいんだろう。

ごくたまに「おしっこ」と言うことがある。

「おむつ式ではもうトイレに行くことはないんだ」

そう思ったとき、少しさびしくなった。

テープ式は排尿4回分、一晩は大丈夫だろう。

そう思って朝まで変えないで様子をみた。

朝になると、母はテープを1ヶ所はがして、紙おむつは少しずれていた。

多分不快感があったのだろう。

紙おむつは、まだ早かったのかもしれない。

幸い母も少し体力が回復したのか、ハイハイが出来るようになった。

ハイハイしている時なら、横になっているより紙パッドをピッタリフィットさせられる。

それでも、まだたまに漏れてズボンを濡らしてしまうことがある。

近頃はパンツをおろしたら、おしっこが出てしまうようになった。

ほぼ毎日洗濯だ。

シーツや毛布まで洗濯しなければならないこともある。

でも、しばらくは紙おむつではなく、紙パンツで頑張ってみようと思う。

母の気持ちを尊重し、少しでも残ってる能力を維持出来るように。

ちょっと頑張ってみる。

 

 

 

 

 

笑顔で

父が亡くなってもう3ヶ月になる。

食は細い方だったが、美味しいものを食べるのを楽しみにしていた。

特にお寿司と鰻が大好きだった。

カキフライ、ラーメン、餃子にすると、すごく喜んだ。

もう父は食べられないのだと思うと、父の好物はもう作れそうもなかった。

しかし四十九日や月命日には、父の好きなものを供えたいという気持ちにもなった。

「もう食べられなくて悲しい」と思うのではなく、「一緒に食べられたら良かったね」と思うようにした。

そして母が美味しいと食べてくれるのだから、やっぱり作ってよかったと思う。

そんな母も最近は「美味しいと」いうことはない。

父の好物を作ると、父と母と2人で「美味しい」と声をあげていたことを思い出す。

今でも父のことを思うと、複雑な気持ちになってしまう。

後悔や申し訳なさ、悲しみがまだ消えない。

これでは父も気がかりだろう。

そう思い、思い出すときはなるべく楽しい気持ちでいるように頑張ってみる。

ほとんどの人がいつかは親と死別する。

誰もが通る道なのだから。

そう自分に言い聞かせてみる。

それでも寂しさが消えることはない。

でもいつかは笑顔で思い出せるように。

笑顔でいられるように。