プチひきこもりの、介護日記

両親介護 認知症 シングル 50代 プチひきこもり

夢の中で

母が亡くなった後、度々母の夢を見ました。

家族で鰻を食べることになった夢をみたのですが、夢の中で食べられたのか食べられなかったのかはっきりしなくて、その日は鰻を買ってお供えしました。

ある時は夢の中で「お好み焼きを食べたい」と言われて、冷凍のお好み焼きを買ってお供えしたこともありました。

鰻もお好み焼きも、父の好物なのですが🤔?

でもほぼ1か月何も食べられなかった母が、夢の中ででも何かを食べたいと言ってくれる事がうれしかったです。

こちらでは食べられなかった分、今は好きなものを食べられるようになったと思いたいです。

四十九日までは、仏様はこちらとあちらを行ったり来たりしていると聞いていたので、きっと母に気持ちは届くと信じてお供えしました。

母と一緒に父も夢にでてくるようになりました。

ある日父がうれしそうに帆立のお刺し身を買ってきたので、私が冷蔵庫に入れたのですが、父に食べてもらう前に目が覚めてしまいました。

もちろんその日は帆立を買ってお供えしました😋。

楽しい夢にでてきてくれた時は、幸せな気分になります。

逆につらい夢をみた時は、私が余裕なくてつらくあたってしまったことを思い出して、後悔で気持ちがいっぱいになってすごく落ち込みます。

そんな時でも、写真の中の母はとびきりの笑顔で私を見守っていてくれます。

その笑顔をみると私も笑顔でいようと思います。

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母からのプレゼント?

今朝、芽が出ました。

昨年切り花で買った紅葵の種を取っておいて、母の四十九日にまいたものです。

四十九日に撒いて、母の日に芽を出すなんて、出来過ぎです😳。

これは昨年遅めに青虫から蛹にかわったものです。

冬を越して、緑色のまま変化はみられず、もう駄目なのかとおもっていましたが、すこし前に無事にミナミアゲハチョウに羽化しました。 

それも母の初めての月命日に😳。

その日の朝、窓を拭いて何かの気配を感じで横を見ると

きっと窓を拭いてなかったら気づかなかったと思います。

しかも窓拭きなんて、年に何回かしないので、まさに偶然。

しばらく羽を乾かしてしましたが、気づいたらいなくなっていました。

ちょうど姉が訪ねてきたので、2人で母の残した着物をみていた時に、姉が「あ、アゲハチョウ!」

見ると、窓の外をふわふわと飛んで、手すりの向こうに飛び去って行きました。

もしかしたら母がのぞきにきて、安心して去って行ったのではと、この時は姉と話しました。

2度もこんな事があると、ちょっと不思議な気がします。    

母が私がひとりでも寂しくないように、気をきかたプレゼントをしてくれているのかもしれません。

おかげで、初めてひとりで過ごす母の日もちょっと幸せな気持ちで過ごす事が出来ました。

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終わってしまいました

介護が終わってしまいました。

もう2ヶ月になります。 

うつ病、引きこもり気味で潔癖症なので、つらいこと大変なことも多く、疲れてもう無理と何度も思いながらも、母との暮らしが少しでも長く続いて欲しいと思っていました。

今でも母がいるような気がします。

しばらくの間手のひらには母の感覚がはっきりと残っていました。

亡くなった翌日の朝、母が使っていた毛布を片付ける時に、ぎゅっと抱きしめてにおいをかぎましたが、洗濯したばかりで母のにおいはしませんでした。

食べることも飲むことも出来なくなって1ヶ月、週2回の点滴だけで本当に頑張ってくれたと思います。

最期は私が背中をさすっている時に息がとまりました。

老衰でした。

最後のひと息まで、心臓のひと鼓動まで大切に生き切った感じでした。

涙は出ませんでした。

意外でした。

今までもう駄目かと何度も泣いたのに。

感謝の気持ちをいっぱい伝えました。

もう飲み込めるようには回復しないと感じてからは、いろいろ準備をしました。

手づくりの花束をつくり、持たせるかばんを作り、着る服を用意し、上に羽織る着物を選び。

娘を嫁に出すような感じでした。

出来るだけの用意をしました。

火葬までの1週間、毎日母の好きなお弁当をつくって母に会いに行きました。

葬式には姉の家族が来てくれました。

ひ孫2人が、神妙に手を合わせてお辞儀をしている姿に感心しました。

子ども好きだった母に会わせてあげたかったと思いました。

長い介護の間にはいろいろありましたが、もう後悔はしないことにしました。

すべて前向きにとらえようと思います。

そう思える機会を母がくれたんだと思って、これからはちょっと頑張って前向きにすすんでいこうと思います。

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大切な時間

4日間出なかったおしっこが出るようになりました。

おしっこが出なくなって、もうそのまま見送ることになると思っていたので、ほっとしました。

点滴も週2回で続けることになりました。

一度お腹にすごくむくみが出たのですが、それもほとんどなくなりました。

先生には「4日もおしっこ出なくてまた出るようになったなんて見たことも聞いたこともない。奇跡。お母さんの生命力がすごく強い。」と言われました。

感謝しかありません。

それでも口から食べることも飲むことも出来なくなってしまったので、いつ何があってもおかしくないので緊張感は続きます。

母は、私に最後の時間をつくってくれているのだと思います。

気持ちの整理をつけて、後悔しないように過ごせるように。

今は後悔するのはやめました。

先の不安を憂えるのもやめました。

せっかく母と過ごせる時間をくよくよ過ごしていたらもったいないですから。

母が穏やかに過ごせるように、側によりそっていたいと思います。

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ごみの軽さが…

ごみを捨てようとして、ごみの軽さに驚きました。

母が食べなくなり、おしっこもでなくなったから。

実感しました。

悲しい軽さです。

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時間がゆっくり過ぎでくれればと願わずにはいられません

内蔵が弱り、おしっこが作られなくなっているので、もう点滴はできないと言われました。

2日間起きず、全く飲めなくなり、おしっこも出てません。

姿勢を変えようと、身体の向きをかえたとき、母がふと目を開けました。 

しっかりと。

突然のことに信じられない気持ちと、うれしさと驚きと。

穏やかな目をしています。

ほっとしました。

おそらくほんの限られた時間、何をしたらいいかわかりません。

感謝の言葉をたくさん伝えました。

「お母さんと一緒に暮らせて幸せだったよ」 

「お母さんの介護させてくれてありがとうね」

私の目に涙がじわじわにじんできました。

泣いたら母が心配するのではないかと、こらえようとしますが、あふれそうです。

笑顔でごまかします。

うれし涙って本当に出るのものなんだと、驚きました。

バイタルが特に変化なければ週2回点滴してもらえそうです。

時間がゆっくりと過ぎでくれればと願わずにはいられません。

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医療行為と自然な看取りのはざま

両親が元気な時は、積極的な治療はしないで、自然に看取ると、漠然と考えていました。

実際看取りの段階が近づいて、点滴さえ延命にあたるのだと知りました。

「積極的な治療はしないと希望されてますけど」と、確認されることも何度かありました。

そんな線を引かないで、悔いのないように看取りたいのですが。

難しことなのでしょうか?

在宅で介護することに、これまで関わってくれた方たちには、とても感謝しています。

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