子守歌
母は、長いこと幼稚園に勤めていた。
いろいろなわらべ歌や童謡を知っていた。
私が大人になってから、聞き覚えのない歌を歌うことがあった。
私が子供の頃には聞いたことのない子守歌だった。
お父さんが寝ていて、娘の私がお父さんの眼鏡をのぞきこんでいるような歌詞だった。
初めて聞いたとき、メロディのせいか、ちょっと寂しい気持ちになったのを覚えている。
たまに思い出しては、母に歌ってもらった。
今では母はもう歌を歌うことはない。
尋ねても、思い出すことはないだろう。
頼めば、いつでも歌ってもらえるものだと思っていた。
親は年老いていくということが、実感出来ていなかったのかもしれない。
母の声で聞けなくても、せめてと思いスマホで検索してみたが、見当たらない。
母との思い出がひとつ失われた気分になった。
認知症はこういう病気だとわかっていた。
今までは、母のもの忘れを認知症だからと受けとめられていた。
それは母が忘れても私が覚えていたからかもしれない。
私の知らない母は失われていくのだ。
ならばせめて、私が覚えている母を大切にしようと思う。
認知症が進んで大変なことも増えてきた。
そんな母の姿も大切に覚えていたい。
いい思い出ばかりではないが、母の生きた証なのだから。