プチひきこもりの、介護日記

両親介護 認知症 シングル 50代 プチひきこもり

かわいい

日中寝ているか叫んでいるかになってしまった母。

薬を変えてちょっと調子が良くなったのか、この頃は叫ばない時もある。

そんなときは、キョトンとして部屋の中を眺めている。

何か気になるものがあると、じっくり観察している。

母の部屋の襖は閉めて、他の部屋には行かないようにしている。

たまに襖を開けて台所で用事をしていると、いざって部屋の出口まで来て、「ここはどこだろう?」という顔をして台所を眺めている。

キョトンとした表情をしていると、90歳になる母だがかわいく見えてくる。

普段つらそうに叫んでいる母を見ているので、気持ちがふっと明るくなる。

こういう時間が少しでも増えてくれるようにと思う。

 

母はどちらかと言うと、おしっこの量が多い方だと思う。

飲んだ量以上に出てるんじゃないかと思うこともある。

紙パンツを変えるタイミングは大体いつも同じだ。

ところが紙パットが濡れていないことが続いた。

日中ほとんどしていない感じだ。

父は入院中に、拘束をされた状態で尿閉塞をおこし、病状を一気に悪化させてしまった。

それさえなければ無事に退院できていただろう。

その記憶かあるので、母のおしっが出ないのは気になる。

ドキドキしながらパンツをかえる

寝る前にやっと出ていたときはホッとした。

この頃は、寝たままで紙パッドが上手くあてられず、もれてズボンやシーツや畳を濡らしてしまうことも多く、おしっこは悩みの種だった。

でもやっぱり出ないよりは出てくれた方が安心する。

いっぱい出てくれると、それだけで母が元気な気がしてくる。

「おしっこ万歳!」このときばかりはそう思った。

 

 

 

ありがとうの一言で

訪問診療の精神科でてんかんの新しい薬を処方された。

夜に寝るようになり、昼夜逆転はだいぶ解消された。

起きている昼間は叫ぶので大変だ。

でも昼間活動するようになって、頭の働きは少し良くなったようだ。

言葉が出るようになった。

もちろん会話が出来るわけではないが、背中をさすると「ありがとう」と言うこともある。

普段は叫んだり、同じ言葉を繰り返す母の、一体どこからそんな声がと思うような、落ち着いた声だ。

一瞬だが、以前の母がよみがえる。

叫んでる母の中にも、きっといろいろな感情があるのだろう。

そう思うと、母の叫び声もそれほど苦痛ではなくなってくる。

 

 

 

ぎっくり?!

母の紙パンツを変えているときに、急に腰がギクッ!

痛さで動くことができない。

この頃、母の介助で前かがみになると、腰に嫌な痛みがあった。

もしかしてこれがぎっくり腰か?そう思いつつ何とか横になった。

母のパンツは下ろしたまま、私は横になってにっちもさっちもいかない。

このままではどうにもならない、何とかしないと…。

母が腰痛でリハビリに通っていた時に、腰のストレッチを教えてもらったのを、ふと思い出した。

試してみると、腰痛はかなり治まり、何とか母のパンツの交換も出来た。

まだ不安があるので、慎重になってしまう。

今回はなんとかなって、本当に助かった。

それ以来、朝晩のストレッチが日課になった。

老化に抗うことは出来ないが、年相応のゆっくりとした老化をめざして。

普段より少しだけ頑張ってみる。

 

散歩

ゴールデンウィークの天気をみてると、今年も夏が早く来そうだ。

熱中症にならないためには、夏が来る前に体を動かして汗をかくのが良いらしい。

買い物に行かない日は、ほとんど一日中家で過ごしていたが、最近意識して歩くようにしている。

母がまだ歩けた頃、腰痛改善のためによくふたりで散歩をした。

リハビリの先生にすすめられたのもあったが、もともと散歩が好きだった母、かなり遠くまで行くこともあった。

腰痛がだんだんひどくなって、散歩の回数も時間も距離も減り、いつからか散歩には行かなくなった。

2年前には母と一緒に歩いた道を、今はひとりで歩くと、いろいろなことを思い出す。

この花の所で写真を撮ったこと。

知らない道を通って、どんどん遠くに行ってしまったこと。

犬好きの母が散歩中の犬に話しかけて、飼い主さんと顔見知りになったこと。

懐かしいような淋しいような。

最後の方は腰が痛くてつらそうだった。

どんな気持ちで歩いていたのだろうと思うと、胸が痛む。

すごく頑張っていた母に、無理はさせていなかっただろうか。

いつか私も母と同じ年頃になり母の気持ちが少しはわかるようになったら、今を振り返ると、どう思うのだろう。

懐かしいとおもえるだろうか?

母に無理をさせたと後悔しないだろうか?

今も頑張っている母に少しでも快適に過ごしてもらえるように、1日1日を大切にと、そう思う。

 

 

 

 

 

昼夜逆転

母のてんかんを、脳外科の先生に見てもらった。

イーケプラという薬を処方された。

以前精神科で処方された倍の量だ。

眠気をもよおす薬で、昼寝寝て、夜はあまり寝なくなってしまった。

いわゆる昼夜逆転のような感じだ。

夜中に大声で騒ぐののを、何度もなだめるので、寝不足になってしまう。

先生に相談すると、薬をさらに4倍に増やすというので、不安になり受け入れられず、もう一度精神科で相談することになった。

母は、高齢で体も小さく、レビー小体型認知症で、薬の影響が出やすい。

腎臓の働きもよくないので、薬を排出しにくいと言われたこともある。

今までは、薬は少量から徐々に増やして様子をみてきた。

それをいきなり4倍といわれても。

それでも今まで診てもらっていた先生の言葉なら納得していたのかもしれない。

先生の言うことを信頼すべきだったのかもと思う。

たた日中寝るようになって、明らかに母の体力が落ち、食事量も減り、飲み込みに不安が出てきたのもあって、薬を増やすことは不安だった。

高齢者はちょっとしたことで体調を崩す。

高齢の患者に接する機会の少ない診療科もあるのかもしれない。

先生も限られた時間で難しいのもわかるが、ゆっくり慎重に診察して欲しいと思った出来事だった。

 

 

 

 

訪問診療、始めました

通っている精神科の先生に、これ以上は通院しての診療はできないといわれて、やむを得ず訪問診療に切り替えた。

母にとってはその方が楽なのかもしれない。

やむを得ずというのは、私が潔癖性で引きこもりの傾向があるからなのだが。

申し訳ないが、部屋には入らず玄関で診察をしてもらっている。

いまも通っている内科の先生は、「本人が来れなくても薬は出しますよ。でも顔を見れると安心できるから、たまには見たいな。」と言ってくれた。

長年母を診てくれている先生、ありがたい言葉だ。

医者は、技術はもちろん、言葉がけも大切だとつくづく感じる。

高齢になればなおさらだ。

今度は新しい先生、看護師さんとのおつきあいが始まる。

不安と期待と…。

正直、不安の方が大きい。

でもきっと悪いことばかりではないだろう。

少し頑張ってみようと思う。