母は布を強く握りしめるようになった。
布団カバー、毛布、枕カバー、なんでも。
カーテンをつかんでは、寝ころんだままターザンのようにぶら下がっていることも。
今年で90才になる母。
体も小さくなり、腕も足もすっかり細くなった母の一体どこにそんな力がと思うほどの強さで握りしめている。
昔は握力が弱かったはずなのだが。
つかむ力のつよさが、不安の強さをあらわしているのではないだろうか。
そう思うと、つかんでいる物を放させる時も、安心させるように話しかけ、ゆっくりと丁寧にと気をつかう。
だが…、だがなのだ。
頭でわかっていても、実際の状況によっては難しくなるのが介護だ。
「トイレ!トイレ!」と叫ぶ母の手には握られた毛布。
トイレに引きずって行くわけにはいかない。
衛生的にもだが、転びかねない。
なだめて毛布を放そうとしても、しっかり握られた手は開かない。
優しくなだめても時間が経つばかり。
私の耳もとで「トイレ!トイレ!」と叫ぶ母の声に、つい「えいっ!」と力まかせにで手を開かせてしまう。
何事も思ったようにはいかない。